小説

最近読んだものメモ:

ポール・セロー『ワールズ・エンド』 「越境者」を巡る八つ(くらい)の短編集。いまいち言葉にならないその何かが(むりやり)言葉にされるとき、僕はある種の膜のようなものを通過してそれが自分の外に出て、また同じ膜を通って相手に伝わるようなイメージ…

ヘンリク・イプセン『人形の家』

厳密には小説ではなく戯曲。 夫に黙って借金をした(かつその過程で書名を偽造した)妻が夫に心優しく「許して」もらったとき、自分が彼にとって(あるいは自分の父にとって)「人形」でしかなかったことを悟り、家を出て自らの生を生きる、というのが基本プ…

F.Scott Fitzgerald, _Tender is the Night_

その頃に読んだものの途中でついていけなくなり投げ出した本。丸一ヶ月かけて読了。フィッツジェラルドの長編の中では一番文学らしい文学だろう。アメリカ性についてアメリカの外部(ヨーロッパ)から書く、あるいはアメリカン・ドリームについてその失墜後…

ボブ・グリーン『オール・サマー・ロング』

初めて「アメリカ小説」だと意識して読んだアメリカ小説。40過ぎのオジサン三人組が、かつての友情と輝かしい夏の日々を取り戻すために、ひと夏の間一台の車で、妻や子や仕事全てを後にしてアメリカ中を旅するというお話。 逆玉により大会社の社長になった…

J.M.Coetzee, _Disgrace_

1999年のブッカー賞受賞作。南アフリカの大学の文学教授Davidが教え子とのスキャンダルによって大学を追われ、農業を営む娘Lucyのところへ転がり込み、Lucyのレイプ事件をきっかけに、世代、親子関係、男女、そしてクッツェーお得意の動物についての倫理の問…

アーシュラ・K・ル=グウィン『空飛び猫』

ゴミ集積所で拾った本シリーズ。デリダに苦しんだ後、久しぶりに湯船に漬かりつつ読む。猫かわいい。

20060418

真っ暗な研究室に一人でたたずんでいたはずの先輩が消失したり(いるかホテル?)、内定とは実は都市伝説じゃないかという問題が提起されたりと実にMurakamisqueな一日。だからというわけでもないけれど、ともあれ『ダンス・ダンス・ダンス』読了(再読)、…

トルーマン・カポーティ『草の竪琴』

カポーティの日本語になってる中で唯一読んでなかったもの。こんなんでアメリカ文学研究やってるって名乗っていいんでしょうか。居場所のない男の子と老婆の交流というモチーフはトルーマン自身の実体験から。「どこにも居場所がない人が虚構の世界に篭り、…

村上春樹『TVピープル』

眠りなんか必要ない、と私は思った。もし仮に発狂するとしても、眠れないことで私がその生命的「存在基盤」を失うとしても、それでいい、と私は思った。構わない。私はとにかく傾向的に消費なんかされたくない。そしてその傾向的消費を治癒するために眠りが…

村上春樹『中国行きのスロウボート』

先日、寮に住む友人の引越しを手伝っている際に寮のごみ収集所で見つけたもの(他にも10冊ほど拾った)。以前にも書いたように村上春樹は高校まで読んでいなかったこともあり、ときどき有名なのが抜け落ちていたりする。けれど未だ読んでない村上の小説が…

Ernest Hemingway, _In Our Times_ and _Men Without Women_

食事の描写の美味しそうな小説が読みたかったのでErnest Hemingway, _In Our Times_と_Men Without Women_を読む。久しぶりに読むとヘミングウェイは何となく可愛い気がする。引用は日本語版(高見浩訳)より。 松の切株を斧で割って何本か薪をこしらえると…

20060410

プルリングというものがあった。 今の缶飲料は複雑なプルタブになっていて、引き起こしたあともう一度元に戻すことでゴミを出すことなく飲み口が作れるのだけれど、少し前まで缶飲料の飲み口はただ古墳みたいな形の切込みを入れられているだけで、リングを引…

2000328

週末は国際交流基金シンポジウム『春樹をめぐる冒険―世界は村上文学をどう読むか』に行ってました。初日はRichard Powersの基調講演、Leung Ping-kwanのコメント、各国翻訳者によるパネルディスカッション、翻訳本の表紙比較、四方田犬彦氏による春樹映画の…

Richard Powers, _Plowing the Dark_

僕の専門にして最も尊敬する小説家、リチャード・パワーズが来日。第五作_Plowing the Dark_(『闇を漕ぐ/闇の中でセックスする』)についての講義を行う。 VRについての小説である本作品を題材に、講義の内容はイメージを巡る戦争(こないだの風刺漫画問…

Sylvia Plath, _The Bell Jar_

拙論「『ベル・ジャー』についてもう何も言いたくない」(嘘)ようやく完成。ほんともういいよこの本。ドメスティック・イデオロギー→ナショナリズム→ヘテロセクシズム→フーコーの「古代の美学」→自律と進み、最近の問題関心にしたがってポストモダンな権力…

20060311

今日はよく晴れていて気持ちいいですね。初夏を思い出します。僕の住む町では、早くも桜が咲き始めています。とは言えまだまだ三寒四温ならぬ三温四寒といったところですが。みなさん、いかがお過ごしですか? 今年最後の課題として、Sylvia Plath, _The Bel…

★Don DeLillo, _Cosmopolis_

2003年発行の、ドン・デリーロの今のところ最新作(のはず)。 舞台は2000年、アメリカの大都会。ハイテク機器を駆使する28歳のエリートアナリスト・Eric Packerが、リムジンを乗り回したり女と寝たり円高を心配したりしながら髪を切りに行こうとするお話(…

ナサニエル・ホーソーン『緋文字』

二十世紀以前のアメリカ文学の最重要作品の一つといわれる、姦通小説です。胸に(罪の徴である)Aの刺繍をされる女の話。 このAの文字、罪の徴であると同時に彼女が(社会的にはともかく少なくとも町の人の心理的に)受け入れられるにしたがって家庭の徴を…

アーネスト・ヘミングウェイ『日はまた昇る』

というわけで今度はモダニズム。どうでもいいけれどなんでこんなタイトルなんでしょうか*1。禁酒法時代、アメリカを去ってヨーロッパへ行った所謂「失われた世代」の男女の物語。 この小説の面白いところは、紹介する人が主人公(男)とブラッド(女)の関係…

ティム・オブライエン『世界のすべての七月』

ってわけで今度はヴェトナム戦争とそのトラウマ的記憶、お分かりの通りオブライエンです*1。 舞台は2000年、1969年当時の同窓会に集った男女のそれぞれの30年について語られます。それが直接的に戦争をテーマにしたものであってもそうでなくても、トラウマ的…

John Irving, _Setting Free the Bears_

で、「何だかすでに失われているみたいな感じ」&村上春樹つながりということで、最後はアーヴィング。今度映画になるんだっけ(もうなった?)。勿論邦訳も出てますが、何となく原著(実は未だ3/4くらいしか読み終わってないのですが)。 「歴史がすでに…

たまには日記2(論文と不幸)

長い間取り掛かっていた論文がやっと95%くらい完成。あとは序文をでっち上げるだけ。 手がかかる子ほど可愛いというか、この論文はかなり苦労したので手を離れる感慨もひとしお。内容的には三ヶ月ほど前に完成していたのだけれど、日本語で小説の論文書くの…

★ウラジミール・ナボコフ『ロリータ』4

絶望の中、ハンバートはロリータに自分の財産をすべて与えると、彼女のもとを去る。そうしてしまうと彼にはロリータを連れ出した男への復讐しかすることが残されていなかった。結局彼はその男を殺し、それによって投獄されることとなる。だが、そんなことは…

★ウラジミール・ナボコフ『ロリータ』3

ある日、ハンバートがふと目を離している間にロリータが姿を消してしまったことがあった。ずっと恐れていた彼女の逃亡がついに実現したことを確信するハンバートだったが、奇妙なことにロリータは再び彼の前に姿を現した。 後年私は、彼女がなぜあの日永久に…

★ウラジミール・ナボコフ『ロリータ』2

正確には、ハンバート(とロリータ)の第一の旅はここから始まる。彼らは一年間に亘って広くアメリカ各地を放浪し、安モーテルに泊まり、その度に愛し合う。ハンバートはロリータをわがままでなかなか言うことを聞かない存在だとみなすが、巧みな語り口によ…

★ウラジミール・ナボコフ『ロリータ』1

ヘレンは帰ってきた。玄関の段の前に立ち、頭を垂れ、嵐から逃れるために。出て行った道をたどって戻ったのではなかった。あれだけのものを見た後で、どうしてそんなことができるだろう? 「ごめんなさい」と彼女は言った。「心をなくしちゃったの」 (リチ…

ウィリアム・サローヤン『パパ・ユーア・クレイジー』

昨日の日記を書いてから食べ物が美味しそうだった小説って何があるかな、とぼうっと考えていたのだけれど、最初に思いついたのは(このブログのコンセプトである)旅の小説ではなくてなぜかウィリアム・サローヤンの『パパ・ユーア・クレイジー』*1だった。…

アントニオ・タブッキ『レクイエム』2

昨日の日記でも取り上げたのですが、タブッキについてもう少しだけ。 「よそもの」として街をさまようことは、言葉だけでなくあらゆるものを異化(普段慣れ親しんだ感覚とはちょっと違う違和感のようなものを味わうこと)することになります。ヴェンダースに…

アントニオ・タブッキ『レクイエム』1

ペソアつながりということで、イタリアの小説家アントニオ・タブッキについて。 そもそも小説家として一家をなすまでは、二十世紀最大の詩人の一人と呼ばれるフェルナンド・ペソア(ポルトガル人)を翻訳・研究しイタリアに紹介したことで知られていたタブッ…