ワリス・フセイン『小さな恋のメロディ』1

小さな恋のメロディ [DVD]
1990年代もまだ長く残っていたその夏、僕は毎日彼女と一緒に下校していた。
家が近かった。小学校から数百メートル、僕の住むマンションの直前まで並んで歩いて、路地を右に折れる。
路地はちょっと目には気がつきにくい。郵便局の支店のようなことをやっているおじいさんの家といつも入居者を募集しているアパートの間で、それはいつも突然に現れる気がした。いや、それはじっさいに突然だったのだ。真昼のような毎日。五時間目の後でも太陽は容赦なく、ゆらゆらとゆれる呼び水に引き寄せられるふりをして、僕はいつもその小さな幸福の時間が終わらないといいなと思っていた。
 
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小さな恋のメロディ』で一番好きな人物は、といわれたら、おそらくオーンショーと答えるだろう。ダニエルはうじうじし過ぎているし、メロディは正直全く可愛いと思えない(ダニエルはどこが良かったのか分からない)。それに比べてオーンショーは、友情に厚く、反骨心に満ち、正義の心を持つ、悲劇のヒーローだ。ダニエルとメロディを素直に祝福し、二人の駆け落ちを後押しまでする。髪は長いというより量が多く、僅かにパーマがかかっているかのようにあちこちに飛んでいる。いつもガムを噛んでいる。スポーツが得意そうだけれども、意外にそうでもない。家は貧乏で、自分で料理を作っている。酒も飲む。ポルノ小屋に忍び込もうとする。親友が恋に落ちたら、思い切りからかって、それから祝福する。
 
ラブストーリーで素直に感動したのはこの映画くらいだった。パブリックスクールに通う過保護少年・ダニエル君が、同い年のメロディちゃんに出会い、惹かれあい、恋をする。授業をサボって海水浴にも行く。ぬけぬけと結婚の約束までする。『耳をすませば』の誠二君と雫ちゃんもしたがあちらは14歳。ダニエル君たちは11歳だ。もちろん両親や先生たちは反対する。どうして幸せになることが出来ないんだろう?と落ち込む二人は、オーンショーらの助けで子供達だけの結婚式を開く。駆けつける校長や親を尻目に、二人がトロッコで駆け落ちをするところで映画はフェイドアウトする。手押し式のトロッコにシーソーのように交互に体重を乗せ、どんどん小さくなっていく二人にエンドクレジットが重なる。そしてとうとう見えなくなった頃、「愛を込めて メロディ」というテロップと共に、最も美しいところで幕を閉じる。
 
アカデミー賞を何かの部門で受賞したこの映画は、しかし、日本以外ではそれほどの評価を受けなかったという。特に本国イギリスでは、今ではほとんど省みられることのない作品となっている。ビージーズがこんなにいいのに。CSNYもいいのに。
日本では売れた。わかる気がする。ダニエルとメロディが墓地でリンゴをかじりあうシーンは特に人気だという。墓地のデートなんて、日本では夏の真夜中にホテル代をケチったカップルが青山墓地にしけこむくらいしかない。ロマンティックさの欠片もない(それはそれで風情はあるのかもしれない)。ダニエル君たちは違う。リンゴをかじりあいながら、堂々と愛を語る。手だってつなぐ。そこがえらい。
 
けれど、この映画で、どうしてもわからない科白が一つだけあった。長い間、ずっとわからないでいた。
(続く)