ウディ・アレン『世界中がアイ・ラブ・ユー』2

世界中がアイ・ラヴ・ユー [DVD]
簡単にあらすじを。
1996年と比較的新しいこの作品は、語り手(女の子)、その姉、双子の妹、弟、母、再婚した夫(語り手以外は皆この夫の子供)という大家族*1、そして語り手の父にして母の元夫(ウディ・アレン)それぞれの恋愛喜劇を巡るミュージカルとなっている。
舞台は主にニューヨーク(それからパリとヴェネツィア)、作品内の時間は冬から春、夏、秋を経てパリでのクリスマスまで。シニカルな笑いの特徴的な近年のアレン作品にしては珍しいくらい分かりやすいドタバタ劇で、それゆえにあまり評価自体は高くないようだ(ミュージカルとしては歌が下手すぎ(音楽はすごくいいんですが)、まるでミュージカルそのものをバカにしているかのようだ、と言われることも)。
 
「みんな好きにやって、あたしはあたしで楽しくやるから」的に(?)色々と恋人を変えつつ語り手が見守るのは、元夫(アレン)の人妻との出会いと別れ、双子の初恋、それから姉を巡る騒動などだ。そして他の兄弟に似ずある種のニヒリスティックな軽さを持つ語り手に対して、(「性格は僕似」とアレン扮する元夫)他の家族はおかしなくらいに愛の対象にのめりこみ(ってアレンもなかなかのめりこんでいるんですが)、それゆえその悲劇はことごとく喜劇に転じる。
たとえば婚約者がチェリーの代わりにデザートに乗せた婚約指輪を気づかず飲み込んだ姉は、やがて母(リベラルな運動家)が解放させた元凶悪犯と恋に落ち、かと思ったら強盗一味に加えられて、逃げ出して婚約者とよりをもどしたと思ったらまた指輪を飲み込んで大騒ぎを始めることになる。ウディ・アレン特有のミソジニーに基づいてスラップスティック的に繰り広げられる彼(女)らそれぞれの恋模様は、恋をすることはある種"うまく酔う"ことなのだと訴えつつ、タイトルになっている"Everybody says I love you(世界中が「アイラブユー」と言っている)"*2のダンスシーンによる大団円へと―悲劇が常に喜劇へと転じてしまうような、恋することのジョーク性の全面的な肯定へと―向かっていく。そこに一人取り残されたのは結局人妻とパリで暮らし始めたものの彼女に去られてしまった元夫で、しょげかえる彼を元妻がパーティから連れ出し、二人の思い出の場所であるセーヌ川のほとりで踊る、もう一つのラスト・シーンを迎えることになる*3
 
ワイヤー・アクションによる、魔法をかけられたようなダンスの後で、二人は並んで話し始める。「あなたはいつだって私を助けてくれたわね」「君こそいつも僕を引き戻してくれた」「あなたはわたしをいつも笑わせてくれたわ。それは今の夫でもできなかった」「僕らはいい友達なんだ。それはとても希少なことだよ」僕が恋人を作るたびに君はいつも嫉妬する、という元夫に対し、元妻はあなたが幸せになってくれればいいといつも思っているわ、とさらりと言う。その二人の会話を見ながら、だが、僕らは自らに問いかける。彼らの間にあるものは、未だ愛と呼んではいけないのだろうか?と。
 
2003年の同じくウディ・アレン監督作品『さよなら、さよなら、ハリウッド!』*4では、それを愛と呼ぶことをためらわない。こちらでも別れた映画監督である元夫は出資元企業の役員である元妻と昔話をしつつ*5、最終的には和解して元妻は現夫と別れ、二人はともにパリでくらすことになる*6
別れた相手が自分の一番の理解者だ(逆に別れた相手のことは自分が一番理解している)、というテーマ系はウディ・アレン映画特有のものだが、その「理解」と「愛」の間での揺れ、かすかなズレが『世界中がアイラブユー』に少しのペーソスを香り付けしている(彼らの間に愛が愛として結晶化することはない)。けれど誰かに対し、その人を理解できないと思い(それゆえ逆説的に一番その人を理解し)、自分から遠く離れたところで幸せになって欲しいと思うその感情、それを愛と呼ばないとき、僕たちはそれをなんと呼べばいいのだろう。

*1:もう一人おじいちゃんがいたんだけど途中で死にます。でも死んだ後の幽霊たちのダンスシーンはなかなかステキ。

*2:ちなみにオリジナルはマルクス兄弟『ご冗談でショ』で、これ以外にも作品中にはマルクス兄弟へのオマージュで満ちている

*3:というか他のみんなは完全にアレンに食われています。

*4:元のタイトルは"Hollywood Ending"となかなかステキ。

*5:ビジネスのパートナーとなり、「仕事の話をしよう」と言った端から「なんであの男と一緒になった!?」と手を広げるウディ・アレンは本当に素晴らしいです。

*6:その理由は映画監督である元夫=アレンの最新作がアメリカでは「わけわからない」とされたに対してパリでは「芸術的」として賞を受賞したから、とかなりばかにしていて素晴らしいんですが、なんというか「世界中が〜」も含めてこの人の作品は映画愛に満ちています