Passage to Budh Gaya

22h、ヴァラナシ駅7番線プラットフォーム。
30分くらい前から、インド特有の停電なのか電気がつかず、ごくたまに数秒だけ灯りがつく以外はほとんど完全な暗闇である。21h発の電車はまだ姿を現さない。結局1h30の遅れは、ほぼ予想通り。
一番安い寝台車のため、周囲はインド人旅客ばかりのはずだが、車内はやはり全くの暗闇である。それもそのはずで、ほとんどの人がこの夜行で明日の朝に着くはずのコルカッタへ向かっているのだ。だが、僕の目的地・ガヤーには1h30着の予定である。この時間につくことは既にほぼ不可能だが、眠ってしまうわけにはいかない。寝台車の3段ベッドの一番上で、本を読むこともできず、僕は夜行性の動物のように(自分ではそのつもりでいる)目を光らせる。
 
2h45、結局一時間強遅れでガヤー駅に着く。ほとんどが眠っている車内で、小声で話し合った数少ないガヤー降車のインド人旅客に別れを告げる。すでにホテルを探すのは不可能だが、比較的大きな駅には必ずリタイアリング・ルームという、夜行列車使用客に限った簡易宿泊施設がある。といっても、僕の泊まるドミトリーは、大きな部屋に単にベッドが並んでいるだけだ。50ルピー(約120円)を払い、泥のように眠る。
 
翌朝、旅の最終目的地・ブッダガヤーへの移動手段を探す。オートリキシャ(東南アジアのトゥクトゥクに相当する、車体の前方がバイクになったタクシーのようなもの)は100ルピーを請求し、論外だ、と手を振る。乗り合いのオートリキシャを見つける。料金は8ルピー。既に座っている地元の人たちはブッダ・ガヤーに行く、とのことで、乗り込む。道を走るうち、通常のオートリキシャ(車両前部は運転手が座り、後部に最高3人が座れる形のもの)より一回り大きいだけのものに、あれよあれよという間に人が乗り入れ、結局14人もの乗客が乗っている。それに加えて、僕のバックパック、女性の持ち込んだ小麦粉の袋4袋、野菜が目一杯につまった籠4つ。運転手の左右に2人ずつ、後部車両に5人(うち2人箱乗り)、車両後部の手すりにつかまった立ち乗り4人。
からからに乾いた太陽の下、からからに乾いたでこぼこの道を、意外にもかなりのスピードでリキシャは走る。運転手は陽気に歌を歌い、小麦粉を持ち込んだおばさんはうたた寝をしている。道の両側にはひたすら水田が広がる。誰かの汗のにおいがする。けれど全く気にならない。
 
こうして、ヴァラナシからブッダ・ガヤーに来ました。これがインド最終更新となります。
帰国したらまた、あいましょう。では!