V.S.ナイポール講演@バッファロー


pm8 @Kleinhans Music Hall。*1
バッファローの地元文化財団の招待でV.S.Naipaulが講演をするというので、院の講義(ヴィクトリア文学:前回に続きGaskell, Mary Bartonなので割愛)のあと自転車でダウンタウンまで出かけてきた。
舞台袖からステージ中央の椅子まで、奥さんに手を取られてゆっくりと歩いてきたナイポールは、僕の持っていたイメージに比べひどく年老いて疲れて見えた。低く、ゆっくりとした声でしゃべり始めると、すぐに何を話そうとしていたか忘れ、それをジョークにする姿もどこか痛々しかった。
講演は三部構成で、1)A House for Mr.Biswasの朗読、2)新作The Masque of Africaについてのインタビュー、3)来場者の書いた質問用紙への応答という順に進められた。以下、新作のインタビュー(本当は一問一答だったのだけど、簡単にナイポールの答えだけまとめて)と質疑応答の抜粋を、手元のメモをもとに簡単に紹介したいと思う*2ポスコロについて関心がある人は最後のふたつの質問を面白く思うのではないでしょうか。

(新作についてのインタビューまとめ)

新作The Masque of Africa: Glimpses of African Beliefを書いたのは、かつてアフリカを題材にしたものを書いてから時間がたち、自分が書いたものに疑問を抱き、別のやり方で書くことができないかと思うようになったからです。
タイトルに"Belief"とありますが、私が関心を持っているのはフォーマルな宗教ではなく、(人々の生活と土地に根ざした)"earth religion"とでもいうべきものです。たとえば日本では、フォーマルな宗教である禅[仏教]と同時にearth religionとしての神道が共存しています。私はそうしたあり方に関心を持ちつつアフリカを書こうと思いました。そうすることで私はアフリカを経済・政治的問題からではなく、別の、より抽象的で本質的な真実を書こうと思ったのです。
たとえば、アフリカ的考えとして、この厳しい土地で生きていくために強いエネルギーが必要だ、というものがあります。こうした考えはたとえばウガンダでは木を中心的メタファとする信仰システムと深く結びついています。私はロマンティックな人間ということもありこうした考えに個人的共感を抱いています。

(会場質疑応答)
Q. あなたはフィクション/ノン・フィクションと種々の方法で書いてきましたが、ある本をどのスタイルで書くかはどうやって決めるのですか?
A. 書こうとするもののアクチュアリティと、それをどうしなければならないか、という問題意識からです。フィクションを書くことはどうしても嘘をつくことであらざるを得ません。私は旅を通じて得た経験に対し、この経験をどうするか、これをいかなる形で物語るかを考えてきました。[Lisbon注:新作は小説ではなくインタビュー等を通じた人類学風エッセイのようです…未読ですが]

Q. あなたはかつて小説は世界をその複雑性のまま表象する良い方法ではないかもしれないと述べたが、今もそう思いますか?
A. ええ。あらゆる芸術は生きもので、その形はつねに変化し、とどまることがありません。文学史を見ればすぐにわかることです。ところが200年前にできた近代小説は、基本的に同じ形の反復でしかありません。芸術の形式は新しいもの(何が新しいのか)の歴史であるべきなのです。[Lisbon注:近代小説という形式はある種の袋小路にある、ということでしょうか]

Q. A House for Mr.Biswasにおいて、Mr.Biswasは独立のアレゴリーですか?
A. ええ、今読めばそうなのですが、あれを書いたときは26歳くらいでイノセントだったので何も考えていなかったと思います。

Q. 厭世家ですか?
A. そうは思いません笑。

Q. かつてガンジーに触れつつ、貧困をロマンティサイズすることを批判しましたが、『スラムドッグ・ミリオネア』についても同じように思いますか?
A. なんですか、それは?映画?映画は見ないのです。しかし、ええ、今も貧困をロマンティサイズすることには強く反感を持っています。

Q. 僕はインド系アメリカ人です。僕のような人は現代でもふたつの文化に引き裂かれていると思いますか?P.S.あなたは僕の叔父に似ています(会場失笑)
A. これを書いた人は文化に引き裂かれてはいませんね。自己愛が強すぎるんじゃないでしょうか。[Lisbon注:まじでこんな調子で言っていました。会場爆笑]

Q. あなたの家族には物書きが多いのですが、お互いの書いたものについて意見交換等しますか?
A. いいえ、しません。母は私が書いたものを読んだことすらないんじゃないかな。インタビュー等が来るのはうれしがっているようですが。

Q. あなたの人生は旅の繰り返しですが、どこか"home"だと感じる国か街はありますか?
A. いいえ、ありませんし、"home"だと感じる場所がある必要があるとも最近は思いません。若いころは自分の国を持っていたらいいと思っていたのですが、最近は意見が変わってきているのです。

Q. グローバリゼーションについての質問ですが…
A. (質問をさえぎって)私は(グローバリゼーションのような「大きな」問題については)何も考えられません。私が考えることができるのは個々の具体的な状況だけです。*3


個人的な感想としては、冒頭に書いたように思いがけないナイポールの「老い」を目の当たりにして、正直ショックでした。あと話の途中ナイポールが言葉に詰まったとき、奥さんが舞台に上がり、かつて彼は書きかけの小説の原稿をキッチン・テーブルに置いたままヴェネツィアに旅行に行ってしまった、と突然暴露したのはちょっと笑った。講演後はせっかくなのでミーハー根性丸出しでサインをもらいにいったのですが、サインの横に奥さんがシリアル・ナンバーを書き込んで、複雑な思いをしました。

The Masque of Africa: Glimpses of African Belief (Borzoi Books)

The Masque of Africa: Glimpses of African Belief (Borzoi Books)

*1:宣伝文句としては、今回の講演の日本語で読めるレポはこれだけのはずです(見た限り会場に日本人はいなかったので)

*2:なおこの記事は講演中のメモを元に適宜語句を補って書いたので、ナイポール本人のニュアンスとは若干違う恐れがあり、その文責はLisbon22にあります

*3:ウォーホールの有名なインタビュー、"Do you think art is...""No"を思い出しました。