20060801
「強制された自由」浦江はいった。
意味が分からないだけに意味ありげだった。なんとなく暗そうではあった。しかし浦江のくちから出ると、ハワイ、も暗くきこえる。いったい、カレーを食べながらするはなしだろうか、と思ったら、
「大学の近くにカレー屋があったろう」
というので、なにか関係はあるらしい。
その店の名前は知っていた。僕の学部からは離れていたのでいったことはなかった。
「おかわり自由なんだよ」
それは知らなかった。ファミリーレストランの飲みものもおかわりは自由だった。だがあれは時間をおかわりしているようなものだった。カレーは目に見える。その店ではぼんやり長居できない。浦江はつづける。
「ごはんがなくなるとね、カウンターごしにさっ、とごはんが出てくる。食べる配分をまちがえてルーが足りなくなってくると、こんごはルーがさっ、と。それはありがたいんだ。でね、ルーとごはんと、足並みがそろってごちそうさまというときにもね、ささっ、と」
「ルーとごはんが」
「そう。拒否できない」
しゃもじと玉柄杓を手にカウンターの向こうで店員がここぞという機会をうかがっている。居合い抜きのようだ。
「強制された自由」浦江はもういちどいった。
「わんこそばだね」僕がいった。
「そうくるとは思っていた。あれはおかわり自由が基本だろ」浦江は即座にいいかえした。
その店でものすごくお腹がいっぱいになった学生の浦江は、強制された自由、ということばを思いつき、詩を書いた。学部をこえて詩の創作クラスにもぐりこんでいたのだという。浦江の暗さとそのこととは、多少つながりがありそうだった。クラスで詩を提出したら、その場で講師の現代詩人に酷評された。
「こんな詩を書くくらいだったら」
「やめた方がいいって?」
「死んだほうがいいって?」
「ならまだいい、やめるし死ぬよ。ラーメン食べてた方がいい、っていわれてたんだ」
浦江の詩のどこにもカレーということばはなかったというから、詩人はカレーよりはラーメンが好きでそういったのではなく、そんなこととはおよそ関係のないところから、ラーメンを食べているほうがましだといったのだろう。ひどい。ほかにもっといいかたはなかったのだろうか。なかったのだろう。浦江がラーメンを食べているところをクラスの誰かが見たらなんと思うだろう。僕が浦江の親なら泣く。(「浦江の家に行く日」大久秀憲)
「Waseda Bungaku」第五号発行、多分日本で僕を含めて4人くらいしか待っていなかったろうけれど大久秀憲の新作が載っている。うれしい。思えば2001年にすばる新人賞を取った彼もいまや34歳になっていて、泣いた。
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