酒井邦嘉『心にいどむ認知脳科学』

心にいどむ認知脳科学―記憶と意識の統一論 (岩波科学ライブラリー (48))
以前友人の研究室から拝借してきた(こう書くと盗んだみたいだが許可は得ました)本。友人の先生で、話には聞いていたけれどざっと検索してみたところ若いけどかなり将来を嘱望されている人みたい。
認知記憶のボトムアップ型情報処理システムについて概観した後、酒井は意識をその逆方向のトップダウン型の情報処理のシステムとする「仮説」を提唱し、知覚―記憶―意識を「同じ脳のメカニズムとして統合的に理解」するシステムを描き出す。全く門外漢なのでここでの「仮説」がどれだけ(少なくとも執筆された1997年の文脈で)新奇なものだったのかはわからないが、妙に納得。(おそらくあらゆる学問がだけれど、とりわけ)脳科学も文学も、どれだけproperな(かつ有効な)「解釈」を作り出せるかを問い続ける仕事なのだなとしみじみ。
個人的にはこれまで脳のメカニズムについては極めて抽象度の高い仕方でしか理解していなかったので、実際に脳のどの辺りの部位でスペシフィックな情報処理が行われているか勉強になった。とりわけ最近人文系の身体論でもよく使われるファントム・リムについて、失われた手の感覚があったりするのは別の場所―顔とか―で受けた刺激が、もともと手を支配していた大脳皮質の領域によって、手からのものであると「解釈」されたために生じる、というくだりには納得。エリザベス・グロスもファントム・リムについて論じていたけれど、グロスの議論が「ボディ・イメージ」に基づいて「何故ファントム・リムが生じうるのか」を論じつつも、個々のファントム・リムの起こるあり方についてはあまり語っていないのが気になっていたけれど、当たり前だけれどこれが起こるためには何らかの(別の)刺激がないといけないのだしね。納得。