20060626

最近はご無沙汰なのですが、一緒に研究会(私信:そろそろやるからね!)をしている友人にフェミニズムと高等教育論を専門にしている社会学部の超優秀なドクターの方がいます。彼女の主な関心の一つ(メインのお仕事ではないですが)にバックラッシュの問題があって、会うとしみじみと勉強させてもらうと同時に「現象」を研究対象とすることの厳しさ(とやりがい)に刺激を受けるのです。
 
で、そこまでふっておきながらその人は関係なくって、今日のメインはこちら↓の宣伝。
バックラッシュ! なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?
http://d.hatena.ne.jp/Backlash/
双風舎という出版社からバックラッシュ本が出るらしいです。執筆陣は上野千鶴子宮台真司斎藤環小谷真理らの豪華メンバー。フェミニズムに関心がある方はもちろん、人文・とりわけ社会系プロパーの方は読んでおいて損がないのではないかと。僕は月末に給料が入ったら買います(読むものがたまっているので)。
 
双風舎の『バックラッシュ!』が読みたい!

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…と宣伝してみました。トラックバックを張れば抽選で当たるらしいのです(いい本だと思うのはほんとですよ)。今月も貧しいからあたるといいな。
 
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サートリス

サートリス

フォークナー長編第三作、いわゆる「ヨクナパトゥファもの」の第一弾。Deep Southの架空の地方・ヨクナパトゥファ郡を舞台に、サートリス家の若者ヤング・ベイヤードがWW1から帰還してから事故で亡くなるまでを描いたもの。ヤング・サートリスは戦争中の双子の弟の死を自らの責任と受け止め、ある種戦争神経症的な形で自分を失ってしまう。これがヘミングウェイロスト・ジェネレーションと異なるのは、そうしたヤング・ベイヤードの「狂気」がサートリス家に根付く(なんだかゴシック・ノベルみたいな)「呪い」と絡み合って表れること。つまり『サートリス』では、フォークナー的な南部の「家」「土地」の記憶の物語とハイモダニズムの(欠如としての)戦争表象がヤング・ベイヤードという若者の体に具現化されることになる。ところがこの二つのうちやはり中心的なのはサートリス家という「幽霊」−宿命のような集合的記憶の総体−の問題(これが前面に表れるラストシーンはなかなかいい)なのですが、このテーマだとフォークナーでいったらもうちょい有名どころの方がいい小説だと思う(今ゼミで読んでる『アブサロム、アブサロム!』とかね)。というか上の二つのテーマが絡み合うっていうのは言い過ぎで、やっぱりフォークナーにとっては戦争(による喪失を味わったyouth)というテーマは南部の問題の変奏としてあるんだろう。
ちなみにどうでもいいがさっきから何度変換しても「サーとリス(Sir and a squirrel)」になってしまいます。それはそれで読んでみたいけど。